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日本のインターネット「はじめて」物語

日本でのインターネットの始まりは?

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
街では、みんなスマホを覗きながら歩いておるな~
ミツオカミツオカ
「LINE」に「facebook」に「Instagram」。そして、映画に音楽、買い物、銀行の出し入れだってインターネットで出来ますからね!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
実はな…インターネットの歴史は、はじまって30年ほどしか経っておらんのじゃよ…
ミツオカミツオカ
えええ!?てか、30年も経ってたんですかー!猫ジジイからしたら、たったの30年だけど、私まだ生まれてないー!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
ふふふ…ガキめ!では、日本のインターネットはどんな風に始まって成長していったのか?気にならんか?
ミツオカミツオカ
気になる~!教えてください!

大学のネットワークが始まり

出典:wikipedia

1969年、米国防総省の研究開発部門ARPAが主導して開発を始めた「ARPANET」。

それが、デジタル通信の技術的な始まりです。

米国防総省と聞くと軍事用として開発されたかのような印象がありますが、正確に言うとそうではありません。

当時、ARPAが開発していたコンピュータは、あまりにも高価でした。

そのため、コンピュータをいくつかに絞り、信頼性の高い方法で繋ぎ、計算資源と研究成果を共有しようというのがそもそもの目的でした。

UNIX(ユニックス)との出会い

その頃、アメリカの大学では、ベル研究所で開発された「UNIX」の改良が進み、オープンソースになって配布されていました。

ARPAの開発したデジタル通信技術はやがて、UNIXとの出会いで世界中のコンピュータが繋がる基礎となっていきます。

「世界中のコンピュータをつないでやろう」という野心

「コンピュータ同士をつないで情報を共有しよう」という発想は、アメリカの研究者と交流のあった日本の若い研究者の間にも広がりました。

その多くは「世界中のコンピュータを繋いでやろう」という野心を持っていました。

そこで、当時日本にはまだ存在しなかった「モデム」をアメリカから持ち帰り、「東京工業大学」、「慶應義塾大学」、「東京大学」のコンピュータを接続したのです。

こうして始まった大学間ネットワークは、1984年に誕生し、JUNET(Japan University Network)と名付けられました。

JUNET に参加する日本の大学は、あっという間に100を超えていました。

いくつもの壁が立ちはだかっていた

実は、JUNET 開始当時は、電話回線にモデムを接続すること自体、法律で許されていなかったのです。

しかし、その翌年には通信事業は自由化され、モデムが使用できるようになります。

これで、コンピュータネットワークは一気に広がるかと思いきや…

自由にメールができることが郵便事業を圧迫するのではないかとの懸念や、組織間の通信に「TCP/IP」を使うということ自体、どこも準備ができていませんでした。

WIDEプロジェクト

そこで、1988年、企業、大学、公的機関のメンバーが参加する「WIDEプロジェクト」が立ち上がります。

このプロジェクトは、TCP/IP での広域通信を目指す共同研究でした。

当時、アメリカでも、「Computer Science Network (CSNET) 」という組織が通信プロトコルに TCP/IP を選択する活動が進み、すでに180以上の大学の間で接続が行われていました。

WIDEプロジェクトが、この「CSNET」に繋がったのが1989年のことです。

そして、学術利用目的のインターネットが誕生しました。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
CSNETの目的は、予算や認可制限のために、ARPANETに直接接続できないでいる学究機関の計算機科学部門にネットワークの利便性を提供することだったんじゃ
ミツオカミツオカ
国家規模のネットワークを広めることに大きな役割を演じ、世界規模のインターネットへと至る発展の道程の大きなマイルストーンとなったんですね

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パソコン通信との連携で市民権を得た

当時、日本で盛んに行われていたのが「パソコン通信」です。

最も普及していたのが、大手の通信事業三社である「アスキーネット」「PC-VAN」「ニフティーサーブ」でした。

パソコン通信は、公衆の電話回線を使い、特定の事業者のネットワークに繋ぐという通信形式でした。

パソコン通信にも、「電子メール機能」はあったのですが、違う通信事業者の会員にメールを送ることはできないのがあたりまえでした。

そこで、インターネットを使って、パソコンで通信をやっている人が、どこにでも電子メールを送れるようにしようと考えた人がいました。

当時、慶應義塾大学にいた『村井 純』氏です。

実は、JUNET や WIDEプロジェクト を立ち上げたのも、この村井純氏だったのです!

村井氏の功績

村井氏は、慶應義塾大学に大手のパソコン通信事業者三社の回線を引き、「パソコン通信」と「インターネット」のメールが交換できる仕組みを作りました。

このことにより、パソコン通信の利用者は、世界中のどこにでもメールが出せるようになったのです。

このことは、モデムで電話回線を使う通信利用者たちから大きな驚きをもって迎えられました。

当時は革命的なことで、これによってインターネットは市民権を得たといってもよいでしょう。

ミツオカミツオカ
あ!『村井純』さんは、先日教えてもらった方ですね!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
そうじゃ!よく覚えておるな!

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インターネットの重要性が理解される

1995年の1月17日。

兵庫県・淡路島北部を震源にした「阪神淡路大震災」が発生しました。

その大震災の被害に対する多大な支援が必要な場面で、パソコンの通信とインターネットは大活躍をします。

国内はもとより世界中、海外の人々にインターネットを通じて、立ちどころに支援の手が届き始めました。

そのスピードや規模は、これまでになく迅速で大きなものでした。

「インターネット」という言葉が新語・流行語大賞に

この事実は、大きな驚きをもって迎えられ、マスコミによる報道や政府や自治体による動きに加えて「社会に対する大きな影響力」を持つものだということが意識されたのでした。

なお、この頃はインターネット接続の機能が備わっていない Windows3.1 で、どうにか詳しい人がフリーソフトを使ってインターネットに接続出来る程度でした。

しかし、同年11月に Windows95 が発売されると、インターネットはだれでも利用できるようになりました。

また、この年の年末には「インターネット」という言葉が新語・流行語大賞のトップテンに入っています。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
忘れてはならない悲惨な地震ではあるが、同時に災害時のインターネットの重要性が身に染みた出来事でもあったな
ミツオカミツオカ
そうですね。東北大震災でも、「LINE」が重要な役割を果たしましたよね。
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
そうじゃったな!

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事業としてのインターネットがスタート

「WIDEプロジェクト」が、軌道に乗り、インターネットが認知されるにつれ、接続を希望する企業・団体が急増してきました。

こうなってくると、学術研究だけを目的としたボランティア団体として活動していくのには、限界がきていました。

そこで、WIDEプロジェクトのメンバーが、株式会社設立のための最低出資金1000万円を出し合い、会社を立ち上げることにしたのです。

通信事業ができるのは「大企業以外はありえない」と思われていた頃のお話です。

「ベンチャー企業がインターネット事業を始める」なんて、当時は何をする会社なのか理解してもらえない時代でした。

そして、1992年に設立されたのが、日本初のサービスプロバイダである IIJ(Internet Initiative Japan)です。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
一般人には理解できない大きな夢が形になった瞬間じゃ!
ミツオカミツオカ
ちなみに、IIJは、2007年の「働きがいのある会社ランキング」で、11位にランキングされたんですね!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
その時は、外資系を除くIT企業では、国内トップじゃったな!評価の主要因は「公平性」じゃ。インターネット企業が日本で認められた瞬間とも言えるかもしれんな!

インターネットが「個人のもの」に

こうしてインターネットは、一般市民のものになってきたわけです。

ところが、そこに新たな課題が提示されました。

  1. 英語以外の多言語でメールを送受信する「国際化」
  2. ブラウザや新しい通信規格であるIPv6での通信に関する研究

IPv6での通信に関する研究は、日本の方が進んでいました。

しかし、政府や銀行などの手続きをはじめ、企業間の取引にインターネットが利用されることがなく、アメリカから大きく後れを取ってしまていたのです。

インターネットのビジネス利用が進まないと「日本の国際競争力が阻害され、国際社会での存在感が落ち続ける…」と指摘した人がいました。

それが、のちに小泉内閣の経済産業大臣になる竹中平蔵 氏です。

広まらなかった原因は、日本では、大学やコンピュータ関係者以外は「インターネットのビジネス利用に関心がなかった」ということでした。

政府がインターネット推進に動き出した

こうしたことをうけ、2000年、当時の森喜朗首相の下でIT戦略本部が発足しました。

そして、2000年9月には「E-ジャパン構想」。

11月には、「IT基本法」が制定され、翌年1月に施行されました。

ミツオカミツオカ
こうして日本のIT化が始まったのですね!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
ただ、「紙とハンコで決済を取らないと気が済まない」「セキュリティー対策に腰が引けて、危険をクリアしようとしない」という、日本人間では、なかなかこうした情報化は進みにくかったと言えるな。
ミツオカミツオカ
それから約20年たった現在でも、「十分に情報化が進んだ」とは言えますかね?
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
「技術」や「インフラ」は素晴らしいものがあるとは思うが、「十分に利用する」ということについては、日本は遅れていると認めざるを得ないだろうな。
ミツオカミツオカ
なんだか、宝の持ち腐れといえますね。
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
インターネットは「世界で一つのネットワーク」じゃ!今後は、世界中のすべてのサービスは何らかの形でインターネットを利用することになるだろうな。
ミツオカミツオカ
セキュリティーに不安があるから」とか「操作がわかりにくいから」などといって「十分に利用する」ことにブレーキをかける動きが続けば、日本の国際競争力は落ち続けるといえますよね。
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
そうじゃ。今後、インターネットの世界で日本がどのような形で存在感を示すことができるのか…。
ミツオカミツオカ
今後、日本がどのようにネット社会に貢献ができるのかが問われていると言えますね。

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