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コンピュータの父、チャールズ・バベッジ

コンピュータの父はだれ?

ミツオカミツオカ
コンピュータの父について調べると、いろんな人の名前が出てきますね。結局、誰が生みの親なんですか?
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
いろんな人の知識が集まってできておるので、1人の名前だけを出すのはなかなか難しいな
ミツオカミツオカ
そういえば!以前教えていただいた「ジョン・フォン・ノイマン」さんもそうですよね?
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
そうじゃ!他にも「アラン・チューリング」や「チャールズ・バベッジ」が挙げられるな
ミツオカミツオカ
アランさんは、映画『イミテーション・ゲーム』で見た観たことがあります!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
お!それじゃあ、今回は、もう一人の「チャールズ・バベッジ」氏の紹介をしよう!

ジョン・フォン・ノイマンの記事

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バベッジ 数表の機械化を思いつく

チャールズ・バベッジ引用:ウィキペディア

バベッジは、17911226日、ロンドンの中産階級の家に生まれます。

幼いころより、複数の家庭教師をつけるなど、両親は、教育に熱心だったといいます。

1810年、18歳のバベッジは、ケンブリッジ大学のトリニティ・カレッジに入学します。

ですが、ケンブリッジ大学の数学教育のレベルの低さに失望します。

それは「ニュートンの時代から何も進歩していない」との言葉を残すほどでした。

「解析協会」を設立

その結果として、1812年、友人らと共に「解析協会」を設立します。

個人で、数学の研究を開始するのでした。

間違いだらけの対数表がヒントに

その「解析協会」の自室で、間違いだらけの対数表を見て「機械に計算をさせればいい」と思いつくのです。

バベッジは、それ以後、「熟練していない計算手を完全に機械に置き換えれば、より素早く、間違わずに数表を作れる」というアイデアにとりつかれました。

蒸気機関を動力に

さて、彼の存在が注目されるのは、28歳の頃になります。

1820年に創立された『王立天文学会』の創立メンバーに、バベッジが名前を連ねていたからです。

※『王立天文学会』とは、天文学研究を支援するために設立された学術団体です。

まだ28歳の青年が、イギリスの知識階級に於いて、ある程度の地位を獲得していたのです。

そして、1822年、30歳になったバベッジは、「蒸気機関を利用した数表の機械化」を思い立ち、その考えを、王立天文学会に提案しました。

ミツオカミツオカ
28歳でそんな地位に…すさまじいですね
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
若いときから、その天才っぷりは輝いておったのじゃな

蒸気機関の動力を計算機に持ってこよう!

数表機械化の動力源に、蒸気機関を応用する」というバベッジの着想は、現在の我々から見ると、かなり奇妙なものに思えます。

時代的には

  1. 1765年にジェームズ・ワットが、新型の蒸気機関を考案。
  2. 1807年には、ロバート・フルトンが設計した蒸気船クレルモン号が、アメリカでハドソン川を航行。
  3. 1814年には、ジョージ・スティーブンソンが、蒸気機関車を設計。

そんな中、蒸気機関を動力源として応用するのは、時代の最先端を行く考えだったのです。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
手動の計算機すら実用化されておらず、計算処理は「ほとんど筆算」だった時代のことじゃ!
ミツオカミツオカ
計算作業と、時代の最先端の技術を結び付ける発想…なかなかに興味深いですね!

難航する計算機械の開発

バベッジは、当時使われていた数表の間違いの多さに、うんざりしていました。

そう思ったのは、バベッジだけではなかったのかもしれません。

彼の天文学会への提案は、多くの人々の支持を得ることが出来たのです。

その結果、イギリス政府に対して、正式に開発助成金の申請が行われました。

1823年6月、バベッジに対して1500ポンドの助成金が与えられます

階差機関(ディファレンス・エンジン)

助成金を得ることができ、早速、計算機械の開発が開始されました。

計算機には、階差機関(ディファレンス・エンジン)と名付けられます。

しかし…開発は難航を極めました。

概念としてはシンプルなものでしたが、機械的には非常に複雑だったのです。

当然、それを作る機械工たちの負担は大きいものでした。

そして何より、バベッジの「完全主義者」な上に、「異常な癇癪持ち」と言う性格が災いするのです。

実現化の難しさ、機械工のストライキ

開発が始まってから10年経過した1833年、機械工はストライキを起こします。

それはなぜか?

機械工たちには、バベッジの説明が理解できなかったのです。

また、癇癪にうんざりしていたのも、大きな理由かもしれません。

バベッジにとって、これは大きな痛手でした。

10年間にわたり、1万7千ポンドもの大金を投じながら、まだ本体の一部しか完成していない機械の組み立てを、中断せざるを得なかったのですから。

1842年にイギリス政府は、全ての援助を打ち切り、『階差機関』の開発はストップします。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
要はバベッジとエンジニアの不仲から、開発が止まってしまたのじゃ
ミツオカミツオカ
そういう事は、現代でもある話ですね。胃が痛い…

新しい発想、もしくは横道

ここでバベッジは、コンピュータ開発者が陥りがちな、落とし穴にはまります。

最初のアイデアが完成する前に、新しい思いつきに関心が移ったのです。

階差機関を開発していた1833年のバベッジは、『解析機関(アナリティカル・エンジン)』の概念を発表したのです。

現代のコンピューターに、よく似た思想を持つ装置で、「数表を作る」だけでなく、「あらゆる種類の計算を実行できる」というもの。

これは「数表中の1つの数字を使って次の計算を始め、それによって表中の次の数字を導き出す」と言う、自動計算装置でした。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
彼自身、これを「自分の尻尾食い」と呼んだのじゃ
ミツオカミツオカ
計算の仕方を、面白く表現してますね!

「解析機関」の概念 それは重要な発想でした

計算の途中結果を保存しておき、別の計算に用いる

つまり「解析機関」には、「保存(ストア)」の概念が組み込まれていたのです。

そして「解析機関」には、さらに次の機能も組み込まれていました。

  1. 演算装置に相当する「ミル」と呼ぶ部分。
  2. 記憶装置と演算装置を連結する、ギヤとレバーからなる伝達機構、つまり「制御装置」
  3. 情報の出し入れを行う部分、すなわち「入出力装置」

コンピュータの、基本構造の出来上がりです。

そして「解析機関」は、もう1つ重要な機能を持っていました。

「条件分岐機能」を持っていたのです。

バベッジの説明では、「解析機関」は、「計算途中で条件分岐点に行き当たると、現在の値を確認する」と言うのです。

そして、「その値が、あらかじめ与えられた条件に一致した場合はこちら、しなかった場合はあちらと仕分ける」と言うのです。

「階差機関1号機」のその後

政府からの資金援助も途絶え、立ち消えとなっていた「階差機関1号機」。

バベッジの手を離れ、スウェーデンのジョージ・シュウツが後を引き継ぎます

1834年発行の「エディンバラ・レヴュー」と言う雑誌で、「階差機関」の記事を読んだシュウツは、興味を持ちます。

1837年、スウェーデン政府から開発援助金を得て、彼は息子のエドワードと共に、計算機械の製作に取り掛かりました

機械については素人のシュウツでしたが、懸命な努力の甲斐あって、1743年には実用に耐えるレベルまで達しました。

1853年、バベッジが考案したものよりずっと小型で、商品としても通用する「階差機関」が完成しました。

この機械は、1854年にロンドンで公開され、翌年のパリ万博で見事に金メダルに輝きました。

にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
バベッジが断念した「階差機関」も、シュウツ氏の手によって、やっと日の目を見ることになったのじゃ
ミツオカミツオカ
雑誌で読んで興味を持ち、そして完成までさせるって、シュウツさんも、とてつもない方ですね!

バベッジの晩年

バベッジの、斬新な思考に基づいた「解析機関」でしたが、あまりにも進んだ考えだったため、当時の人々には受け入れられませんでした。

それでも、自分の考えに自信のあった彼は、それを棄てることが出来ませんでした

そして、「いつまでそんな機械にこだわっているのだ」と忠告する人々との間に、溝が出来て行ったのです。

周りの人から相手にされなくなったバベッジは、やがて重い病に倒れ、1871年10月18日、80歳を前に亡くなります。

息子に引き継がれたバベッジの思い

しかし、彼の志は、一番年下の息子ヘンリー・プレヴォスト・バベッジに引き継がれます

ヘンリーは、父親が残した挿絵などを参考に、6台の「解析機関」の作成に成功しました。

そのうちの1台は、ハーバード大学に送られ、1台はロンドンの科学博物館に寄贈されました。

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ミツオカミツオカ
「階差機関」「解析機関」と、今のコンピュータにある概念を考えた人なのですね!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
予算の都合で実用化されなかったのが、19世紀当時の技術と材料で、きちんと動作するコンピューターを設計したのはすごいな
ミツオカミツオカ
当時としては、あまりにも画期的な発想をしたりと、紛れもない天才ですね!
にゃんこ師匠 にゃんこ師匠
余談じゃが、サイエンス・ミュージアムには、チャールズ・バベッジの脳が展示されておるのじゃ
ミツオカミツオカ
え!?そ、それだけ天才と認められているのですね

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